

△ぱっと見、205系とデザインが激似です
経営基盤が軟弱だと思われたJR四国にと、国鉄が残した"置き土産"の一つ。高松周辺の電化開業に合わせ、1987(昭和62)年の3月23日に登場。国鉄の車両だったのは実質一週間程度だったという謎な実績を持つ(それ以上に、コイツにJRマークが付いていなかった期間があるという方が驚きだが)。
前面は「205系に貫通扉を設けた」という説明がピッタリで、207系900番台を始め、国鉄内部では定評があったと思われるデザインが採用された。
登場時の帯は、ワインレッドだったが、後にJR四国のコーポレートカラーである水色に塗装されている。クハ120(松山方)とクモハ121(高松方)の2両編成を組む。予讃線の狭小トンネル対応だが、予讃線での運用範囲は高松-伊予西条間に留まっている。なお、下降窓&トイレなしのため、瀬戸大橋線での運用はない。

△「JR四国、ついに国鉄時代カムバックか!?」と思わせる塗色
2011(平成23)年以降、一部の車両にワンマン運転対応設備が搭載され、外観にも大きく変化が生じた。まず、帯色が登場時のワインレッドに戻されたほか、スカートが取り付けられ、前面方向幕も、JR西日本チックな黒幕に変更された(ただし、アルファベット表記はJR西日本とは異なり、すべて大文字)。
また、側面には一部の窓の上部分を埋め、LED式の行先表示機が設置されたほか、これまた一部の戸袋窓の上半分を埋めて車外スピーカーを設置している。
室内も変更されており、JR四国7000系やJR四国1000型を彷彿とさせるクロスシートとロングシートの千鳥配置となり、長距離乗車に少々の難が生じるようになった。相変わらずトイレは設置されていない。
また、2両編成にも関わらず、ワンマン運転時には2両目が締切になるという、JR四国独特のハタ迷惑なワンマン方式は律儀にも踏襲されている。